線維筋痛症Q&A
Q : 線維筋痛症とは?
A : 線維筋痛症は関節や筋肉、腱など身体の広範な部位に慢性の【痛み】と【こわばり】を主症状とし、身体の明確な部位に圧痛を認める以外、診察所見ならびに一般的な臨床検査成績に異常がなく、治療抵抗性であり、強い疲労・倦怠感、眼や口の乾燥感、不眠や抑うつ気分など多彩な身体的訴えがみられ、中年以降の女性に好発する原因不明のリウマチ類似の病気です。
線維筋痛症は新興疾患ではなく、古くから同様の病気の存在は知られており、心因性リウマチ、非関節性リウマチ、軟部組織性リウマチ、結合組織炎、あるいは結合組織炎症候群などで呼ばれていましたが、1990年アメリカリウマチ学会による病気の概念と定義、分類(診断)基準が提案され、線維筋痛症あるいは線維筋痛症候群が一般的となりました。一方、我が国では数年前までは国民のみならず医療者間でもこの病気に対する認知が極めて低いことが問題でした。しかし、最近急速にこの病気に対する認知度が医療者間で高まってきましたが、診療を避ける医師が多いことが大きな問題となっています。
Q : 線維筋痛症の患者さんはどのくらいいるのですか?
A : アメリカでは一般人口の約2%(女性3.4%、男性0.5%)に線維筋痛症がみられるとされており、他の欧米の報告でもこの数値に近い有病患者率を示していますが、我が国での有病患者数についてはこれまでまったく不明でした。そこで、厚生労働省の線維筋痛症に関する調査研究班による住民調査によって線維筋痛症患者数は一般人口当たり1.7%、すなわち約200万人と推計され、欧米の患者数とほぼ同じであることが示されました。これは関節リウマチが我が国ではおおよそ70万人であることに比して、明らかに頻度の高い病気です。2011年我が国でインターネット調査が行われ、我が国の線維筋痛症の有病率は先の住民調査と同様に人口当たり2.1%と推計されました。しかし、この病気の治療や管理に一定のスキルが必要とされることから医療機関やリウマチの専門医を受診している患者数はわずか年間4,000名前後であり、有病者数との間に大きな乖離があることも特徴です。
Q : 線維筋痛症はどのような人に多いのですか?
A : 性差は圧倒的に女性が優位であり、わが国では男:女=1:5(欧米1:8~9)です。平均年齢は51.5±16.9(11~84)歳で、年齢とともに増加し、55~65歳代にピークを認めます。小児は全体の4.1%にみられ、12%が65歳の高齢者が占めるとされています。また、発病年齢の平均は43.8±16.3(11~77)歳です。
Q : 線維筋痛症は遺伝するのですか?
A : 線維筋痛症が家族内で発症することは欧米では古くから知られています。すなわち、一親等の52%(女性では71%、男性35%)に線維筋痛症類似の症状が出現し、家族内発生、家族集積性が存在するといわれていますが、明らかな直接的な遺伝的関係はないとされ、むしろ環境的な要因が重要であるとされています。
Q : 線維筋痛症の原因はわかっているのですか?
A : これまでさまざまな検討が行われてきましたが、線維筋痛症の原因は現状では明らかではありません。疼痛を訴える部位(関節、筋肉、腱、内臓など)には明らかな異常が見いだせず、この病気の疼痛は帯状疱疹後の神経痛、糖尿病性神経障害時の疼痛やがん性疼痛のような神経障害性(痛み情報を伝達する神経経路の障害)疼痛であり、また脳における痛みの情報の処理に障害のある中枢性疼痛です。この病気の痛みの仕組みとして最近注目されているのは、この病気発病の素因をもった人に各種身体的、精神的ストレス反応が加わることによって、痛み刺激の伝達路(疼痛知覚神経)の過剰興奮(車のアクセルの踏み込み状態)と痛みを脳が認識した時に反応する痛みを抑える経路(下行疼痛抑制経路)の機能不全(車のブレーキが効かない状態)であり、いわば車のアクセルが踏み込まれ、ブレーキの効かない暴走状態です。したがって、治療もアクセルを戻す(痛み神経の過剰興奮を抑える)薬剤やブレーキ機能を高める(下行性疼痛抑制系の賦活)薬剤が使用されます。
Q : 線維筋痛症はどのような症状がおきますか?
A : 線維筋痛症の中心症状は全身の広範な慢性疼痛と身体の一定の部位の圧痛です。疼痛は身体の中心部に集中する傾向があり、全身性のこわばりをしばしば伴い、症状は朝に悪化するなど関節リウマチに類似します。また、慢性痛であっても、日差・日内変動があり、しかも激しい運動や逆に不活動、あるいは睡眠不足、情緒的ストレス、天候などの外的要因によって悪化することが多く、他の疾患に随伴する続発性の線維筋痛症では元の病気の悪化・再燃が線維筋痛症をも悪化させます。
一方、疼痛とこわばり以外に、多くの場合にさまざまな随伴症状を伴うことが知られています。すなわち、身体症状として種々の程度の疲労・倦怠感、微熱、口や眼の渇き、手指の腫れ、皮膚の循環障害(リベド症状、レイノー現象など)、寝汗、過敏性腸症候群様症状(腹痛、下痢、便秘)、動悸、呼吸苦、嚥下障害、膀胱炎様症状、体重の増減、気温への順応困難、顎関節症症状、各種アレルギー症状、心雑音(僧帽弁逸脱)、低血圧症状など、神経症状には頭痛・頭重感、四肢の感覚障害、手指ふるえ、めまい、浮遊感、耳鳴り、難聴、筋力低下、まぶしさ、みにくさなどがあり、精神症状には不眠(睡眠時無呼吸症候群を含む)、抑うつ気分、不安感、焦燥感、集中力低下、意識障害、失神発作などがあります。臨床症状のうち日本人では欧米症例に比して、口や眼の乾燥、疲労・倦怠感、抑うつ気分、頭痛、不安感の出現頻度が高く、手の腫れは低くなっています。
一方、線維筋痛症は先行する他の疾患に合併して発症することがあり、続発性(二次性)線維筋痛症といわれ、他の疾患を併発しない場合は原発性(一次性)といわれ、我が国では3:1と原発性が優位であり、続発性の基礎疾患として、リウマチ性疾患が比較的多く、関節リウマチ、変形性関節症、腰臀部痛症候群、頚肩部痛症候群などの頻度が高く、その他に全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、強直性脊椎炎、甲状腺機能低下症などがあります。
Q : 検査ではどのような異常がみられますか?
A : 線維筋痛症は機能性の病気であることより、広く行われている通常の一般的検査で異常を認めないのがこの病気の特徴です。一方、同様の症状を呈しても明らかな検査異常を認める場合は、線維筋痛症の診断そのものが否定的です。リウマトイド因子(リウマチ反応)や抗核抗体は基本的には陰性です。しかし、他の病気に随伴する続発性線維筋痛症では、その疾患として検査異常所見が当然みられます。最近、脳画像検査に大きな進歩があり、脳の機能的MRI検査やPET-CT検査で脳内における痛みの情報を処理する部位の異常の存在が明らかにされており、今後のさらなる進歩によって、線維筋痛症の診断のための検査として用いることが出来るかも知れません。
Q : 線維筋痛症はどのように診断しますか?
A : 線維筋痛症は自覚症状が多彩にもかかわらず、身体の各部位に圧痛点を認める以外、診察所見や各種検査異常を認めない機能性のリウマチ性疾患であることから、一定の約束事項を満たすかどうかで診断・分類されます。そこで、アメリカリウマチ学会が1990年に診断基準ともいうべき分類基準を提案し、その有用性から国際的に広く用いられており、わが国でも日本人を対象にしてその有用性が検証され、診断基準として用いられています。すなわち、全身的な慢性(3ヶ月以上)疼痛に加えて、少なくとも特徴的身体の部位18ヶ所のうち11ヶ所以上に圧痛点を確認することからなります(図1)。また、20年ぶりにアメリカリウマチ学会から新しい診断基準(2010年基準)が提案され、線維筋痛症の症状の組み合わせからなり、簡便なことからプライマリケア医の段階でも容易に診断ができるように工夫されています。この新しい診断基準が日本人でも使えるかの検討が現在行われています。
Q : 線維筋痛症にはどのような治療法がありますか?
A : 線維筋痛症は原因不明のため、現状では残念ながら根治療法はありませんが、これまで数多くの薬物療法や非薬物療法が試みられてきました。治療原則は不必要な治療をできるだけ排除し、患者・家族に病気を理解し、受容し、睡眠の調整、適正な有酸素運動を行い、医療側・家族や周囲が患者を支援することです。
薬物療法は抗うつ薬と抗けいれん(てんかん)薬がしばしば使用される主要薬剤です。抗うつ薬は三環系抗うつ薬よりは副作用の少ないセロトニン選択的再取込阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)やノルアドレナリン作動性選択的セロトニン作動薬(NaSSA)などがもっぱら使用されます。我が国でもいくつかの抗うつ薬の治験が行われており、近い将来保険診療で用いることができます。抗うつ薬は疼痛の下行抑制系を賦活化(ブレーキ作用の強化)して痛みの緩和が期待されます。この薬剤は少量就寝時から始め、必要に応じて増量されますが、うつ病治療とは異なって、大量投与は行われません。一方、抗けいれん(てんかん)薬は従来薬ではなく、ガバペンチン(商品名ガバペン)、プレガバリン(商品名リリカ)などの新規型の抗けいれん(てんかん)薬の効果が注目されており、我が国でも2011年6月から保険適応となり薬物療法としての第一選択薬とされています。リリカ®少量も少量から漸増法で投与されます。発症早期症例の効果はかなり期待できますが、長期難治性で経過した症例では効果は限定的です。主な副作用はふらつき、めまい、眠気、だるさ、体重増加や浮腫などです。その他の抗けいれん(てんかん)薬も保険適応外ですがリリカ®が使用できない症例では処方されますが、そのなかでムズムズ脚症候群の治療薬でありガバペンチン エナカルビル(商品名レグナイト)の効果が注目されています。
一方、急性の痛みなどにしばしば使われる消炎鎮痛薬(非ステロイド抗炎症薬; NSAIDs)や副腎皮質ステロイドは無効であり、オピオイド系薬物(麻薬性、非麻薬性)も効果が限定的ですが、そのなかでトラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン(商品名トラムセット)は慢性疼痛として線維筋痛症でもしばしば使用されます。その他にわが国では線維痛症の基礎薬物療法としてワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(商品名イロトロピン)が使用されますが、単独では効果が弱く、点滴、トリガー治療として、あるいは他剤との併用が行われます。しかし、承認保険容量では不十分です。本剤も疼痛の下行抑制系の賦活作用により疼痛緩和に働くとされています。さらに、生薬である附子単独、あるいは附子を含む各種方製剤も使用されますが、前述の薬剤ほど効果に関して明確ではありません。。
一方、非薬物療法として鍼灸療法、マッサージ、リラクゼーション、ヨガ、気功などを含めた各種代替・補完医療も行われています。このなかで、科学的に有効性の確認されているのは認知行動療法と有酸素運動療法ですが、効果は薬物療法に比して弱く、また我が国では積極的に行える医療体制ではありません。
線維筋痛症の治療目標は痛みの完全な消失でなく、痛みやその他の自覚症状の緩和をはかり、病気発症で失った生活機能の改善を目指すことです。したがって、病気の理解と受容が重要であり、治療により日常生活機能(ADL)、生活の質(QOL)の改善、向上を目指すことが目標です。
このような観点から日本線維筋痛症学会では医療者を対象として「線維筋痛症診療ガイドライン」を作成し、我が国の線維筋痛症を取り巻く医療環境の変化を速やかにガイドラインに取り入れるために、2009,2011, 2013年と2年ごとに改定しています。
Q : 線維筋痛症はどのような経過をたどるのですか?
A : 線維筋痛症は基本的に生命予後にはまったく問題がなく、本症が原因での死亡例の報告はありませんが、既存疾患に併発する続発性の場合、たとえば膠原病に併発する場合、その膠原病が原因となって死亡に至ることはあります。
経過は根治療法なく、難治性であることから長期に経過し、日常生活動作能(ADL)や生活の質(QOL)は著しく低く、機能的予後が問題となります。また、長期経過例では一層、機能的予後は悪く、回復が極めて困難となるとされています。欧米では線維筋痛症は長期経過とともに自殺率が増加するための対策も治療とともにケアにあたって重要とされています。一方、小児例は比較的経過良好で大部分は1~2年以内に回復します。本邦例では84%の患者が外来通院管理下であり、1年間でわずかに1.5%のみが回復し、半数が軽快、残り約半数が不変か悪化しています。日常生活に対して半数がほとんど影響を受けませんが、残り半数が何らかの影響を受けており、約1/3が休職・休学にならざるを得ません。休職・休学の期間は平均3.2年です。